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2017年4月25日 (火)

『ノー・エスケープ 自由への国境』

原題は「DESIERTO」で(メキシコの公用語)スペイン語で「砂漠」のこと。
邦題の『ノー・エスケープ 自由への国境』はかなりニュアンスが違うし、
やはりこういう邦題はやめたほうがいい。

『ゼロ・グラビティー』のキュアロン親子の制作なので、
そこそこ評判が立ったとは思うけれど、
もしかしたらトランプ大統領が「あんなこと」を言い出さなかったら、
日本では公開されなかった映画かもしれない。
(邦題はそういう意味でも狡猾で下手だと思う)

P4264989

映画には、確かに「いま」な場所とプロットではあるものの、
政治的なメッセージはほとんど感じられない。

在るのは「砂漠(とサボテン)の怖さ」と「人間の怖さ」。

「砂漠の怖さ」は、『ゼロ・グラビティー』での宇宙空間に匹敵するもので、
空気が無い宇宙空間よりは若干緩やかに干からびてゆくという、
ヒリヒリする感覚がある。
とはいえ、映画の中ではあざとい「水が無い!」みたいな描き方は無く、
観客の想像力を頼りにしてヒリヒリ感を生み出している。

「人間の怖さ」は、一言でいえば「対サイコパス戦」というもの。
「不法行為をしている我が身ではあるけれど、それは理不尽だろう!」
という憤りが、ひしひしと伝わってくる。

そういう意味でも、この映画は政治的なメッセージはなく、
例えば『激突!』や『ヒッチャー』と同じタイプの映画で、
そういう映画が好きな人には向いていると思う。

 

このブログ的に言うと、、、『ゼロ・グラビティー』でもそうだったが、
この『ノー・エスケープ』でも、音楽がとても饒舌だ。
エンドクレジットのオーケストラ部分でも弦楽器が多く書かれていたが、
不安を掻き立てられる音楽には、見事にやられてしまう。

 

「いま」の映画として観るには、いろいろと勉強が必要だ。
そもそもどーして不法に越境するメキシコ人がたくさん居るのか、
とか、
それを阻止しようとする、ある種の自警団の存在、
とか。。。

でも、そういった「いま」を学んで観る映画としてよりも、
「とある設定の中で、人はどう考え、行動するのか」という人間の本質を、
人間の都合とは無関係に存在する自然の中で観察する、
そういった映画だと思う。

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