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2012年12月21日 (金)

『レ・ミゼラブル』

1862年に『レ・ミゼラブル』を書き上げた文豪ユーゴーは、
その売れ行きが気になり、出版社に「?」という手紙を送った。
それに対して出版社は「!」という返事をしたそうだ。
これが、世界で最も短い手紙と言われているそうだが、
その返事の内容から読み取れる通り、
出版されるやいなや『レ・ミゼラブル』は大ベストセラーとなった。

17年の歳月を掛けて書かれた小説は、内容もおよそ18年に渡る物語だ。

物語は、ナポレオンが失脚した1815年に始まる。
ルイ18世の王政(1814~1824)によるフランス革命の揺り戻しの中、
バルジャンはガラス工場を成功させ市長となる。
1823年のクリスマスにはコゼットと出会い、舞台はパリへと移るが、
シャルル10世の王政(1824~1830)で世の中は混乱を極めてゆく。
そして、1830年の7月革命で体制は資本家のものとなり、
それに不満を抱いた学生達インテリが「次の革命」をめざし、
それが1832年の6月動乱、あのバリケードへとつながっていった。。。

こうした「刊行時の50~30年前の歴史」を背景にした小説は、
当時の人々を熱狂させるに充分だったのだろう。
 (ここまでの事は、映画のパンフレット16、17ページにも詳しい)
あえて言えば、日本における『おしん』みたいなものかもしれない(笑)

こうした時代背景は、しかし、あくまでも背景であって、
物語の核には、キリスト教の真髄、つまり「魂の救済」がある。
じつは、ミュージカル舞台の方は何度も観ているのだけれど、
この肝心なキリスト教の部分が理解できていなかった。
「これは、キリスト教の教えの、ひとつの集大成なのか・・・」
と解ってからは、舞台も理解できるようになったし、俄然面白くなった。

さて。。。
こうして、フランス文学の最高峰と称され、親しまれる『レ・ミゼラブル』は、
何度も映画となり、そして1980年にはパリでミュージカルとなった。
それに目を付けたのが、『キャッツ』を成功させたキャメロンマッキントッシュ氏。
彼は、フランス人向けに作られていた舞台を、
ロンドンで成功できるように、つまりは世界で通用する舞台にし、
それは今もロングランを続ける、世界で最も多くの人を魅了した舞台となった。

そして2012年、そのまま映画となった。
創り上げてきたキャメロン氏は、映画化に際して、
「映画として独自の生命をもった作品にしたい」とも語っている。

では、、、その映画は、どんな『レ・ミゼラブル』となったのだろう。
公開初日の最初の回へと駆けつけてきた。。。
 (以下、映画を観た人限定、さらには舞台版も観ている人推奨です)

まず驚いたのが、冒頭の「国旗回収」エピソードだ。

マッキントッシュも、パンフレットに載っているインタビューで、
「舞台では描いてないディテールも、映画らしく加えた」と語っているが、
冒頭のこの部分はその典型だろう。
舞台では馬車の下敷きになった人をバルジャンが救出する姿をみて、
ジャベールが「もしや」と思い始める。
が、これは舞台ならではの端折りで、本来は(遠山桜のように)、
バルジャンの「チカラ」をジャベールが徒刑場で見ていなければならない。

実際、以前の映画では、
石切り場で石の下敷きになった者を救い出すシーンが描かれている。

映画でようやく描かれた「国旗回収」のシーンは、
この映画が「独自の生命」を持っている事を強く印象付けるし、
映画には必須の、とても「映画らしい伏線」となっている。

同じことは、ジャベールが、バルジャンを追って、
テナルディエの『ワーテルロー亭』に現れる描写にも言える。
この重要な伏線も、
パリでバルジャンの素性がテナルディエによって暴かれるところにつながる。
舞台ではこの後半部分しか無いので、
どうしてテナルディエがバルジャンの過去を知っているのかが不明のままだ。

バルジャンが馬車から救い出した男・フォーシルヴァン爺さんを描いたことも、
映画ならではの部分だ。
彼は舞台ではすっかり省略されている人物だが、実はとても重要な人物だ。
そもそも舞台ではコゼットが修道院で育つという描写がまったく無いので、
バルジャンがコゼットを振り回した後、
どんな環境でコゼットが美しい女性に育ったのかはまったく分からない。
けれど、ここには、映画で描かれたような、スリリングな展開と、
(エボニーヌと違って)コゼットが(キリスト教の許)清楚に育った要因がある。

他にも、重要だけれど舞台では省略されていた人物に、
マリウスの祖父・ジルノルマンも登場している。
原作では、このジルノルマンとマリウスの確執も大きなテーマで、
そこにテナルディエが絡んでいたりして、とても複雑で深みがある。
この映画が「救済」をテーマにしている事は、
マリウスの祖父が登場する事でも巧みに織り込まれていると感じる。

映画でその場面背景が描かれることで、舞台の補足となっている場面に、
「黒ガラス工場でのいざこざ」がある。
舞台ではファンテーヌの解雇を工場長に任せる理由が判然としないが、
映画では、そこにジャベールの存在を絡めて上手く説明してある。

こうした、他にもあるがキリが無い(笑)映画ならではの工夫で、
これまで舞台で無意識に「?」と思っていた事を思い知らされもする。

もちろん、映画になって省かれた部分もある。
典型的なのが、結婚式のダンス・シーンだと思うが(笑)
あれが無くなったので、ダンスはワーテルロー亭だけになった(*^^)
まあ、それは良いとして。。。
最も大きな変更点は、エポニーヌに関する変更の数々だろう。

『レ・ミゼラブル』はミュージカルの中でも名曲の宝庫だけれど、
とりわけの名曲が、エポニーヌの『オン・マイ・オウン』だろう。
舞台では、エポニーヌが手紙を届ける場面の後だが、
映画では(原作通り)ガブローシュが手紙を届けるので、
もっと早いタイミングで『オン・マイ・オウン』が唄われる。

さらには、エポニーヌの最期も、
舞台とは違って、原作に近い意義ある最期で、
ここにおいても、改めて「救済」が強く印象付けられる。

それにしても、このエポニーヌの配役は見事だと思う。
そもそも舞台でも「男の子」を連想させるニュアンスがある役だが、
映画で演じたサマンサバークス嬢は「美女」とは言い難いけど、
「25周年」でもエポニーヌだったし、それに島田歌穂さんに似ている(笑)
というか、テナルディエ夫妻の子どもに、ちゃんと見えることが凄い。

テナルディエ夫妻の子としては(舞台でも、映画でも「そう」とは語られないが)、
ガブローシュも生き生きと描かれていて可愛い。
特に、登場して街を駆け抜けながら歌う場面は、映画らしいダイナミズムだ。

ミュージカル映画だから、もちろん「歌」が肝心。
この映画の話題の一つに、歌をライブ収録した、という部分があるが、
画面を観ていると、それはとても成功していると思う。
演技をしているその場で、その姿勢で、その心情で歌う事で、
ミュージカル映画で最も大切にすべき「情念」が画に記録されたと思う。

また、「その場」で歌っている様子を、たとえば呼吸の状況などで感じると、
伴奏のオーケストラの音も、あたかもその場に響いているように思える。
無駄な「力み」や迫力を付加して無い分だけ、とても美しいと感じた。

ただ、あまりにも自然に歌に流れ込むので、
正直、聴いていると疲れてくる場面もある(笑)
例えば、ファンテーヌへ向けられる妬みや怒りや嘲笑は、
なにも無理して舞台のまま歌にしなくてもよかったようにも思う。
 (この辺りは『オペラ座の怪人』の映画化では成功していた)

久しぶりに長々と書いてしまったけれど、書きたい事はまだまだある(笑)
新しい曲も巧く織り込まれているし、
大好きな『ワテ・デイ・モア』が、
最高に素晴らしい映像表現を伴っていること・・・などなど。。。

とりあえず、もう一度観る機会があったなら、続きを書こうかな。

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コメント

おとみさん、実に気持ちよく泣かせてくれる映画でしたね。

それも、物語そのものに感動するとともに、舞台を見事に映画化してくれているという心地よさも大きいと感じました。

新曲も雰囲気が壊れる事が無く好かったですね。

バルジャンとコゼットの歌、、、「はい、コゼット」と名乗る歌かしら? そういえば、台詞で名乗ったかも?

投稿: みかん星人 | 2013年1月17日 (木) 午後 09時09分

みかん星人さま
すばらしかったですね。映画ならではのドックの徒刑囚のコーラス、激痩せのファンティーヌとバルジャンの姿、追跡劇の後から修道院まで、ガブ目線のシークエンス、葬列を乗っ取ってから暴動が起きる緊迫のプロセス、語っても語りつきません。
森の中のリトルコゼットとバルジャンのデュエットがなかったような。
新曲のリプライズが好きです。

投稿: とみ(風知草) | 2013年1月12日 (土) 午後 12時15分

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