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2009年1月 5日 (月)

『事変の夜』 by 船戸与一


事変の夜

  • 船戸与一
  • 新潮社
  • 1890円

Amazonで購入
書評

帯に「満州クロニクル」とある。
【クロニクル】年代記:事件・出来事を年を追って書き綴った歴史書

また、副題があって「満州国演義」ともある。
【演義】歴史上の事実を引きのばすなどしておもしろおかしく記述した書物

この本を、なかなか的確に表現していると思う。

この『事変の夜』の副題は[満州国演義2]とあって、つまり2冊目。
1冊目[満州国演技1]は『風の払暁』というタイトル。
それに続く本書『事変の夜』は、
1930年5月からまさに「事変」の柳条溝爆破の9月を経て翌年の3月まで。
続いて書かれた『群狼の舞』では「満州国」が成立し、
4作目の『炎の回廊』において本国での「二・二六事件」の影響を描き、
最新刊の『灰燼の暦』で「南京虐殺」へと続いていくとのこと。

この『事変の夜』は、400ページを越え、3センチ以上もの厚みがある。
それは余計な修辞でふやけているのではなく、内容も大変に重厚で、
綿密に調べ上げられた「当時」の情報が溢れている。
著者・船戸氏が後記に書いてある言葉が、面白い。
「小説は歴史の奴隷ではないが、歴史もまた小説の玩具ではない」
なるほど、その覚悟がこの本を面白くしているのだろう。

この長い「クロニクル・演義」は、敷島家の4兄弟が主だった登場人物。
彼ら一人一人が置かれた立場(ポジション)がじつに巧妙だと思った。
国家の内側にいる長男、アウトローに生きる二男、
軍に属した三男と、今回は派手に動かないけれど弱者に近い四男。
彼らが、それぞれの立場で手にしていたであろう情報が錯綜する。
その錯綜が、この小説の最も面白いところだった。

例えば、著者が何らかの資料で得た情報が多面的であった場合、
その情報を、敷島兄弟の一人が「その立場」で得た情報として語り、
他方を裏事情を知る関係人物の台詞として描く事でふくらみ、
当時の人々が実際に交わしていたであろう会話が設定できる。
ただ、その分、敷島四兄弟以外の登場人物の「個性」というか、
「物語の中におけるキャラクターとしての存在意義」が希薄で、
彼ら4人以外は、情報を伝えるためだけに存在するメッセンジャーのようだ。

それでも、知らないことが多くて驚かされることの多い本だった。
「柳条溝(湖)」での爆破では、通過していた列車に何の影響もなかった事。
日韓併合の後に「日本人」として中国に移民した「朝鮮人農民」がいて、
彼らが満州の地で「中国人」に襲撃されていた事。
また、その襲撃に対して「日本軍」が何もしなかったという事。
ともかく、いろいろと勉強になった。

それにしても、この『事変の夜』の背景は、今日に似ている。
冒頭、
「昨年十月二十四日に始まった世界大恐慌は終息の気配すらない」
という一文があって、世界が前代未聞の不況にあった時代だと分かる。
物価が下がり(デフレ)、失業率は高まり、閉塞感に包まれていた。
その状況の中で「満州」が「夢の天地」となり、「希望の大地」となってゆく必然。
そして、21世紀の今もそうだけれど、
そういった「国民の希望」を背景にして世論を更に煽るマスメディアの狡猾さ。
さて、「満州事変」は、本当に悪名高い関東軍の独断専行だったのだろうか?
他国の人々が住む土地へ、軍の保護で移住して商売をしたのは、
ただただ「国の策略」だったのだろうか?

戦時の物語を読むと、しばしば感じるのだけれど、
「いったい『国民』という存在は、このころ、何をしていたのか?」
という疑問が、この『事変の夜』でもあまり解き明かされない。
いやむしろ、読みようによっては、「重苦しい空気」のような存在として、
当時の「民意」が潜んでいるのかもしれないが(それが著者の狙いにも感じる)

時間があれば、【1】からゆっくりと読んでみたいと思う。

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