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2008年6月 7日 (土)

『鹿鳴館』 @ 新橋演舞場 by 新派

まだまだ「初体験」があるのは嬉しいもの。
初めて「新派」を拝見いたしましたわ・・・

「新派」は、歌舞伎を「旧派」とみての「新派」だそうで、今年で120周年。
『恐れを知らぬ川上音二郎一座』が、まあ、その初期らしい。
 (そーいゃあ、この↑観劇記事も眠ったままだなぁ。。。)
その後「新劇」ってのがでてきたりして、でも、今日まで続いてる伝統芸。

新派の中にあまた居る「名優」のなかでも大看板なのは「水谷八重子」
その初代が、文学座の『鹿鳴館』(つまり初演)を観て、
「うちでやれる」と新派に持ってきて上演し、
やがて【八重子十種】と呼ばれる得意演目にまでしてしまった。
13年前に、いまの二代目水谷八重子の手によって演じられているそうで、
久しぶりの上演、ということなのかな?

ま、新派での歴史はともかく、この『鹿鳴館』、
なぜかほとんどの台詞が体に染み付いているので、
チケットは高いけれど、興味半分、実は冷やかし半分で観にいった。

ら・・・・

いやもう、大変ですよ、、、舞台芸術ってのは(笑)

舞台芸術というのは不思議なもので、
同じ戯曲なのに、舞台装置・照明・音楽といった演出で違う雰囲気になるし、
出ている役者の違いで、正反対の物語にすらなってしまうこともある。

劇団四季の『鹿鳴館』は、まるで箱庭を覗くような舞台で、
自由劇場と云う空間の影響もあり、大変に密度の高い舞台。
11月の小春日和の設定にも拘らず、
それは「息苦しさ」すら感じるほどの、まるで密室劇のようだった。

ところが、この新派の『鹿鳴館』は、まず幕が開く前から様子が違う。
なにしろ、遠くの方から行進曲が聞こえてくるのだから(笑)
設定では日比谷の観兵式を高みから見物するのが冒頭なので、
どこからか行進曲が聞こえてきても不思議じゃない。
 (もちろん、当時の観兵式で軍楽隊が演奏していたかどうかは知らないbleah
そして幕が上がると、舞台には茶室「潺湲亭」が設えられていて、
これがまるで偕楽園の「好文亭」ような明るい雰囲気。
 (三島由紀夫は「時代考証はして無い」と書いているが、
  日比谷が見下ろせるという影山伯爵の屋敷は、愛宕山か、虎ノ門か永田町?
  もしかしたら、今の国会議事堂辺りかもしれないが、ともかく明るい場所だろう。
  ところで余談だが、鹿鳴館には、一時、貴族院議場、
  つまり参議院が置かれていたことがあるらしい)

軽快な行進曲と、抜けるような色の空に、広々とした庭園と簡素な茶室。
もう、これだけで、劇団四季の『鹿鳴館』とはまったく違う明朗な雰囲気。

登場する宮村夫人、坂崎夫人、そして大徳寺親娘は、
なんと、花道を通っての登場で、しかも「大向こう」から声が飛ぶ!
まさに「旧派・歌舞伎に対する新派」なのだと驚いていると、
ちゃんと影山家のお女中達も登場して、舞台は実に華やか。
そしていよいよ朝子、つまり水谷八重子のご登場shine
いやはやなんとも人懐こい、色香のある、けれど気位の高げな朝子だこと。

そんな不思議な色香漂う朝子のもとに、
実に清々しく、勢い良く(上手から)久雄が駆け寄るのですが、
演じる井上恭太くんは、なるほど微妙に「乙女」を感じさせる好青年。
長台詞がちょっとあやうかったりしましたが、「情」の籠め方が上手い!
最初の気の抜けた「はぁ」から、昂りながらの「もういい」、
そして最後の決意を込めた告白まで、とても気持ちが伝わってくる。

もちろん、そうした過剰なほどの「情」の表現は朝子も同じ、
と言うよりも、新派の『鹿鳴館』全体が「情」を剥き出しにして表現する。
だから、
二幕冒頭、清原を迎える朝子と、波乃久里子演じる草乃の会話が面白い!
なにしろここで客席から笑いが起きるのだもの!
劇団四季が台詞を大切にする余りに失っていた「情のぶつかり合い」が、
新派の『鹿鳴館』をとても面白いものにしている。
 (尤も、その分、数箇所の台詞が聞き取れないことがある、、、5列目なのに)

そして、いよいよ西郷輝彦さま演じる清原の登場。。。
いやはや、どうしようもなく恰好いい!!凛々しい!!
ここにも書いたことだけれど、
やはり「革命政治家・清原永之輔」は若々しくなければ!
なにしろ、当時(明治19年)伊藤博文は46歳、
西郷輝彦は60歳だけれど、当時の年齢は今の八掛け相当らしいので(笑)
まさに、当時の政治家の雰囲気そのまま。。。

ともかく、この清原と朝子の芝居が、またなんとも艶っぽい。
革命に邁進する己が姿を「今も愛しく思う女」に語る心地よさと、
「離れてなお愛しさが募る男」が変らず凛々しく物語るのをみる歓び。
二人の間に、この瞬間も愛情の交流を感じられる。
実は、劇団四季の『鹿鳴館』でも、石丸清原の時にはこういう魅力があった。
あれは、しかし、もしかすると、
「観ている側が過去の延長で勝手に描いた愛情」
だったのかもしれないけれど(笑)

西郷清原が、原作どおりに茶室の裏側からハケると、
いよいよ「成田屋」団十郎さまが、もちろん花道を通ってのご登場。
歩く姿からして、とても力強い雰囲気のあるこの影山伯爵は、
そのまま茶室に上がって羽織(そう和装なのです!)を脱き、
それを丁寧にたたみ、なんと茶を点て始めるから驚く。
もちろん、その間も飛田との小難しい会話をしながらで、
見事な袱紗捌きまでみせてくれる。
点てたお茶は、ご自身で飲んでしまわれました(笑)

そんな様子を上手の木立の中から窺っていた朝子が、
思わず飛びだして伯爵と対峙する場面からの団十郎伯爵がまた面白い。
ここの伯爵の様子で、彼が「お殿様」だというのがよく分かる。
当時の政治家だから、20年前は武家や公家だったお家柄でしょう。
そういう「上流階級者の悪だくみ」という気配がすごく上手い。
また、伯爵のそんな部分を知ってしまった朝子が見せる、
「嘲笑」とも「失望」ともとれる慇懃さが、また、面白いのであります。

そして、舞台は、ようやく鹿鳴館へ。。。。
二幕の幕が上がると、そこには鹿鳴館の二階が広がっている。
『江戸東京博物館』で見知った『鹿鳴館』を疑似体験する気分。
燃えるような夕焼けも、なるほどうっとり眺めるほどに綺麗。
そして、ここで繰り広げられる、久雄と顕子の会話が、なんとも可愛い。
ほんとうに「メロドラマ」として、この新派『鹿鳴館』は見事に成立している。

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コメント

僕も観ましたよ。流石新派、女優陣にまずゲストなしで、皆素晴らしかった!特に水谷さんと顕子役の瀬戸さんが華があり清楚可憐で美しい!。がしかし久雄役の井上さんは…頼りないし、何を言っているかわからないところがなん箇所もあり、残念でした。

投稿: さとし | 2009年9月26日 (土) 午前 01時18分

さとしさん、コメントありがとうございます。

私は、初めての新派で、驚くことばかりでした。
なるほど「新派」なのだなぁ。。。と。

井上さんは、ああ、今となっては思い出せないほどに儚げでしたね(笑)

投稿: みかん星人 | 2009年9月28日 (月) 午後 10時58分

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