« 『唄会第五十二幕 ~喜びの唄』 by 千綿ヒデノリ | トップページ | とうとう『アイーダ』 @ 福岡 »

2006年4月13日 (木)

『寝ずの番』

いやはや、くだらない映画だ。。。。実にくだらない。
よく「テレビドラマの方がマシ」という貶し方があるけれど、
この映画がまさにそんな1本。
ただし、テレビでは放送できない言葉の大行進なので、
「映画でしか作れない」といったところだろう・・・・

この映画に対してのこういう観方は、或る意味で間違っていない。
細分化した「娯楽」の中で、
いまだにこんな映画を撮っている「邦画」は、
「だからダメなんだ」と、映画を観ない人には言われるかもしれない。

が、、、この『寝ずの番』は、まさに「至宝」の映画なのです。

映画はまず、
「脚本」が面白くなければ良い映画はできない。
 (これはどこぞの御大もよく言う事)
次いで、
「演出」が上手くなければ面白い映画はできない。
が、
「脚本」が良くても「演出」が素晴らしくても、
「演技」が素晴らしくなければ、すべて台無し。

この『寝ずの番』は「中島らも」氏の原作を得て、
プライドを掛けた「マキノ雅彦」氏の演出により、
映画としての体裁を既に充分満たしているけれど、
更にこの映画を「至宝」と感じさせるのは、「演技」の凄さなのです。

登場人物のほとんどが「芸人」という役であることもあって、
少しばかりオーバーに感じる芝居が見事にハマっている。
特に一番弟子を演じた笹野高史さんは、
ミュージカル俳優としても有名なのに、見事に「落語家」だった。
彼の視線、間、総てがギリギリに「芸人」を作り出していた。
が、
最高に素晴らしい演技を見せてくれたのは、師匠・長門裕之。
そりゃあ今更ながらの「名優」ではあるものの、
この映画で見せてくれた「死人」の演技は、本当に凄かった。
落語『らくだ』の一節を再現しようとカンカン踊りをさせられる場面で、
長門さんが演じる「死人」は、支えられ振り回されながら、
実に見事に「踊る」、、、
間違いなく「笑える」場面だし、「不敬」であるのだけれど、
みかん星人はこの場面に、人間の強烈な願望を感じて、
そして少しだけ泣いてしまった。

長門裕之さんといえば、20年後の桑田佳祐なのだけれど(笑)
ちゃんと冒頭に「それ」と思い起こさせてくれる場面がある。
途中にも『チャコの海岸物語』が出てきたりと、
ちょっと嬉しい。
と、この辺りのマキノ監督の「くすぐり」は上手いのだけれど、
できるなら、もう少し「マキノ色」を感じられると良かったかなぁ・・・
あまりにもオーソドックスだった。

|

« 『唄会第五十二幕 ~喜びの唄』 by 千綿ヒデノリ | トップページ | とうとう『アイーダ』 @ 福岡 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/60933/9590247

この記事へのトラックバック一覧です: 『寝ずの番』:

» 映画「寝ずの番」 [茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~]
落語界の咄家のお通夜の席での数々のエピソード、艶話がメインだが破天荒で大胆でハチャメチャだ。こんなお通夜なら何度でも出てみたい・・!? 九州ぼぼ、関西お○こ、東北べっちょ、沖縄ほーみー、淡路島おちゃこ... [続きを読む]

受信: 2006年4月15日 (土) 午後 05時49分

« 『唄会第五十二幕 ~喜びの唄』 by 千綿ヒデノリ | トップページ | とうとう『アイーダ』 @ 福岡 »